畳のにおいがする。畳が日光を受けてじわーっとにおいを上げている。畳を舐めると草の味がする。陽のあたっている畳はあったかいけど、陰っている所に行くとひんやりしている。畳の上でごろごろごろと身体を転がして、陰っているところと日なたを往復したりして変化を楽しんだりしている。村はひっそりしている。隣の部屋からラジオの音が聞こえる。AMラジオの曇った音で、すごく遠くて何を言っているのか分からない。外を眺めれば青空が見える。山を登ってくる車が一台見える。白い軽トラ。荷台にビールの黄色いコンテナをいくつも積んでいる。軽トラはやがて家の前を過ぎて行ってしまう。部屋の隅に古い文庫本が置いてある。カバーが取れてクリーム色の表紙がむき出しになっている。何の本だろう。ふーーっっつ、っと息を吹きかけるとページがパラパラとめくれた。
左足側面のでっぱった骨を、畳の凹凸に沿ってなぞってみる。ことんことんというリズムが気持ちいい。足は畳の縁に行きつく。縁は平らだった。ここからは足を奥に伸ばして、縁沿いに進んでみる。ちくちくっとするのは、縁に刺繍がしているからだ。緑色の生地に金の刺繍がしてある。刺繍がほころんでいる箇所がある。そこを摘まんで引っ張ってみると、驚くことにするするすると糸はきれいに抜けていく。夢中になってどんんどんどんどん手繰り寄せていく。糸を一畳分抜き切ると、その糸は龍になった。龍は部屋の空間いっぱいに体を丸めて浮かんだ。僕は龍に食われた。ご飯よー、という母の声がしたが、僕は返事ができなかった。
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